HIKARU (DER ZIBET) 『一番大切にしているのは偶然のマジックです。』

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Hukaru (DER ZIBET)
Hukaru (DER ZIBET)

HIKARUさんは他の誰とも間違えることのない独特なギター音を持っていますね。音楽を始めたころに誰を見習いましたか。師匠と呼べるミュージシャンがいますか。

ありがとうございます。SOUNDが私の全てだと思ってますので、常に独特でいたいと思っています。
ギターとしての影響は、Led ZeppellinのJimi Pageからが一番ですね。

HIKARUさんはNHKヤング・ギター・フェスティバルに3年連続入選したと聞いたことがあります。
優勝するには沢山の努力が必要だったと思いますが、ご家族はギターを弾くことについて当時、何かおっしゃっていましたか。

これはよく調べてくれましたが、実はYoung Film Festival in KINIKI(近畿地方)でした。
つまり、8mm Filmの映画のコンクールですね。1年目が3位、2年目が1位、3年目が2位でした。
インディペンデントな映画を撮るのが好きでしたが、映画の道に進む気持ちにはなりませんでした。

子供の頃に聞いた音楽が人間にどのぐらいの影響を与えていると思いますか。

潜在意識として、一生つきまとうのではないでしょうか?
私が初めて買ったシングル盤はシャンソンのジルベール・ベコーパリは霧に濡れて」でした。
映画音楽が好きだったのと、French Popsが好きでした。これは未だに好きな音楽のジャンルです。

.若い頃にロックンロールについてどのような印象を持っていましたか。ロックの世界で活躍を始めてからその印象に変化はありましたか。

10代(Teen age)の頃は、Bluesの影響は受けてましたが、R&Rは、あまり好きではありませんでした。
が、1982年にBe Bopsというロカビリーバンドでメジャーデビューすることになり、ジーン・ビンセントのコピーをすることにより、R&Rやカントリーのギターのルーツを勉強して非常にプラスになったと思ってます。

Der Zibetで作ってきた音楽は、音楽を始めた頃に想像していたものと違いますか。

音楽を始めた頃から、オリジナリティを追求してきましたので現在の音楽スタイルになるのは、必然だったかも知れません。

日本の音楽界でプロデューサーがバンドの作っている音楽に影響を与えていると思いますか。自分で自分自身の音楽をプロデュースするようになってから何か変わりましたか。

これはバンドによって異なるでしょうが、いい意味でも悪い意味でもプロデューサーの影響はサウンドに影響してくると思います。
Der Zibetも初期の頃に出会ったプロデューサーによって、私の録音方法や歌詞のアドバイスの仕方を学びました。
自分自身でプロデュースする事は大変ですが、やりがいもあるし自分で思っている以上の物が出来上がると喜びも大きいです。

『Garden』をロンドンで収録することは誰のアイディアでしたか。ロンドンでの収録はHIKARUさんにとって、当時、日本のスタジオになかったなどの技術的な目的で海外へ行く必要があったのでしょうか。

これは当時のプロデューサー Kenji Kisakiさんのアイディアでした。
ロンドンで録音することによって、技術面というよりもアーティスティックな面を学んだように思います。

今までDer Zibetはメジャーレーベルでも独立レーベルでもリリースしたことがありますね。その違いは何でしょうか。それぞれの可能性は何でしょうか。バンドの活動再開後にメジャーラベルに戻るという目標がありましたか。

80年代、90年代の頃の日本のメジャーレーベルは、資金面でも潤沢でしたしバンドにお金をかけてくれましたので、当時はメジャーにいる意味は大きかったですが、現在は、レコーディングも低予算で出来るようになり、自分の目指すサウンドが昔よりも手に入りやすくなりました。制約の多いメジャーに戻る気はありませんが、1枚単位の契約でしたらやることも可能だと思ってます。

Der Zibetの歴史において長い活動休止期間がありましたが、活動再開してから作曲のやり方に何か変化がありましたか。

初期のメンバーで、後にデビューする頃はメンバーから外れたkeyboadのMAHITOがメンバーとして戻って来たことによって、作曲方法が以前より広がったと思います
それと、再活動後、VocalのISSAYと作詞やアレンジの話を以前より深く話すようになって、積極的で、マニアックな作曲方法に変わっていったと思います。

HIKARUさんは沢田研二さんのいくつかの曲の作曲家でありますが、一緒に仕事を始めたきっかけはなにですか。

これは、先ほどのプロデューサー、Kenji Kisakiさんが沢田さんのプロデューサーだったので彼が私の作る曲を気に入って紹介してくださったのがきっかけです

90年代までHIKARUさんはサポートミュージシャン、作曲家、プロデューサーとして色んなミュージシャンと仕事してきました。一方で自分自身でもバンドして成功し、色んな音楽をやってこられたと思いますが、特に好きな音楽のジャンルはありますか

ROCKですね。ただHard Rock, Heavy Metalは苦手です。Techno HipHop Erectronica等も好きです。

HIKARUさんの沢山のプロジェクトにはLed Zeppelin の影響があるように聞こえますが、Der Zibetの音楽にはブルースがないようです。その理由は何でしょうか。

これは簡単です。ISSAYがブルースに興味が無いからです(^_^)

HIKARUさんはコンサートホールや大きな舞台での出演経験を持っていますね。例えば、サポートギタリストとして沢田研二さんとの共演や、LollapaloozaでPUGSとの共演等。どちらのほうが好きでしょうか。それぞれの長所は何ですか。

サポートで大きなステージに立ったのは吉川晃司や大澤誉志幸さんですね。沢田さんとはレコーディングだけです。
PUGSはメンバーでしたので、アメリカツアーやLollapaloozaに出演出来たのはいい経験でした。
サポートはそのアーティストの為の音楽ですので、やはり自分のバンドの方がやってて楽しいですね。

Der Zibetのすべてのアルバムに収録されている曲には、共通のアイディアがあります。最初にアイディアを考えているか、音楽からアイディアが生まれるでしょうか。

これは曲によって違いますが、一番大切にしているのは偶然のマジックです。
自分たちも、驚きたいと常に思ってますので。

映画の為のサウンドトラック作成の経験は、Der Zibetの音楽に影響を与えましたか。

特に、再活動後は、Instrumentalを入れることが増えてますので映画音楽の経験が生きてると思います。
ただ、上にもありますが、元々映画音楽が好きでしたので、それが色々な影響を与えてくれていると思います。

『Live Mania』以外、90年代のコンサートビデオがあまりリリースされてない理由は何でしょうか。80年代のビデオから、舞台の音曲はスタジオの音曲と大きく変わって、編曲に力を入れていたように聞こえます。

そう言えばそうですね。確かに90年代に入ってLive VideoはLive Maniaだけでしたね。
理由は分かりません(^_^) アレンジを変えてLiveで演奏するのは好きですね。
最近でも、アコースティックライブで大幅に編曲を変えて演奏している曲もあります。

昔のコンサートのビデオを新しくリリースする予定はありますか。

昔の映像の権利がこちらにありませんので、難しいですね。
現在は昔のメジャー時代の中から抜粋して2枚組のアルバムを出す計画が進んでいますがもう少しで権利関係がクリアになると思います。

今考えると、やり直したいものや、間に合わなかったが、将来にしたいものがありますか。

再結成後のDer Zibetは、自分たちでも驚くほどの精力的な活動をしていますし新しいスタイルの曲もどんどん出来ているので、このままの姿勢を続けて行きたいですね。
過去にやり残したと思ったこともないですし。

最後に遠い国の日本の中でも、メジャーなMusicianでない私に興味を持って頂いて感謝してます。これからも面白い音楽を作り続けて行きたいと思います。